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横浜地方裁判所 昭和55年(ワ)1616号 判決

原告

高橋達雄

右訴訟代理人弁護士

中野新

森井利和

被告

医療法人社団蒼紫会

右代表者理事

森下甲一

被告

小野邦良

右被告両名訴訟代理人弁護士

中村光彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自、三三四八万七〇二三円及び内金三〇四四万七〇二三円に対する昭和五五年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  (診療契約の締結)

被告医療法人社団蒼紫会(以下「被告社団」という。)は、昭和五二年五月、原告との間で、原告の胃潰瘍等の治療として胃の切除等の手術をする旨の診療契約を締結した。

2  (診療経過)

(一) 被告社団は、昭和五二年七月一日、同被告の開設する森下胃腸病院(以下「被告病院」という。)において、右手術を施行したが、その際、被告社団に雇用されていた医師三宅雅治(以下「三宅医師」という。)が執刀を担当施行し、同被告に雇用されていた医師である被告小野邦良(以下「被告小野」という。)が三宅医師及び看護婦らと共同して、気管内挿管による全身麻酔を担当施行した。

(二) 被告小野は、その際、気管内チューブ(以下「チューブ」という。)で原告の喉頭部等を強く擦過して、喉頭部、声帯又は気管に機械的損傷を与え、原告が苦痛の表情を表しているのを無視し、かつ、原告の手を抑えて原告が苦痛を訴えることを不可能にした。なお、原告は、被告小野によるチューブ挿入当時、半覚醒状態であつた。

(三) 原告は、手術当日の麻酔から覚醒した直後、咽頭部に激しい痛みを覚え、喀痰もできず、呼吸が苦しい状態であつた。

(四) 原告は、手術翌日である同月二日も、咽頭痛があり、喀痰もできず、呼吸が苦しかつたので、被告社団の理事である医師牧邁(以下「牧医師」という。)又は同被告に雇用されている医師(以下牧医師及び同被告に雇用されている医師を合わせて「被告病院の医師」という。)に対してその旨訴えて、同日、被告病院の医師により、第一回目の気管切開術を受けた。

しかしながら、原告の咽頭痛がなお消えなかつたので、原告は、被告病院の医師及び看護婦に対し、専門の耳鼻咽喉科の医師を紹介して欲しいと頼んだが、これを聞き入れてもらえなかつた。

(五) 原告は、同月五、六日ころから、更に咽頭痛が強くなり、呼吸も苦しさが増した。そこで、原告は、被告病院の医師及び看護婦に対し、耳鼻咽喉科の医師のところへ連れていつて欲しいと頼んだが、これを拒絶された。

(六) 被告病院の医師は、ようやく同年八月三〇日ころ、東芝林間病院宛の紹介状を書いてくれたが、原告が同日同病院に赴くに際し被告病院の者が付き添わなかつたため、原告は、東芝林間病院での受診を拒否された。

その後、被告病院の医師は、あらためて紹介状を書いてくれなかつた。

(七) 原告は、咽頭痛がますます激しくなり、呼吸困難となつたので、同年九月二日、被告病院の医師により、第二回目の気管切開術を受けたが、右手術後には、声が出なくなつてしまつた。

(八) 原告は、その後、被告病院の医師に対し、耳鼻咽喉科の医師宛の紹介状を書いて欲しいと頼んだが、なかなかこれを書いてくれず、ようやく同月一五日に、北里大学病院宛の紹介状を書いてくれた。

そこで、原告は、同月一六日、北里大学病院の耳鼻科で受診したが、そのときには既に声門下腔に瘢痕組織と肉芽とが充満して管腔が全くない状態で、喉頭気管狭窄症と診断された。

3  (発症原因)

原告の喉頭気管狭窄症は、被告小野が、チューブ挿入の際、チューブで原告の喉頭部等を強く擦過して、喉頭部、声帯又は気管に機械的損傷を与えたことによつて、同部分に感染症を発症させ、これにより生じたものである。なお、同部分に感染症のあつたことは、チューブ挿入以後に原告の発熱があること及び昭和五二年九月一日の原告の痰についての細菌検査の結果グラム陰性杆菌が検出されていることから明らかである。

4  (責任原因)

(一) 医師が気管内挿管による全身麻酔のためにチューブ挿入をしようとするときは、①チューブで患者の喉頭部等を強く擦過しないようにし、②患者の動静特に表情及び手腕の動きに注視して、異常を発見すれば直ちにチューブ挿入を中止し、かつ、③患者が異常を訴えるための方法をとるべき注意義務がある。

しかるに、被告小野は、チューブ挿入の際、チューブで原告の喉頭部等を強く擦過して、喉頭部、声帯又は気管に機械的損傷を与え、原告が苦痛の表情を表しているのを無視し、かつ、原告の手を抑えて原告が苦痛を訴えることを不可能にして、右注意義務を怠つた。

(二) 医師が患者につき自己の専門外の疾患を疑うべき所見を得たときは、自己の所属する病院又は大学病院等で当該疾患を専門とする医師の援助を受け、又は同医師に患者を受診させて、患者の当該疾患を治療する措置を講ずるべき注意義務がある。

しかるに、被告病院の医師はいずれも耳鼻咽喉科を専門としておらず、かつ、同病院には耳鼻咽喉科が併設されていなかつたところ、同病院の医師は、①手術翌日である昭和五二年七月二日、原告が咽頭痛を訴えたとき、②同月五、六日ころから、更に原告の咽頭痛が強くなつたとき、③同年八月三〇日ころ、原告が東芝林間病院での受診を拒否されたとき、④同年九月二日、原告の咽頭痛がますます激しくなつたとき、⑤同日、原告が第二回目の気管切開術後に声が出なくなつてしまつたときのいずれの段階でも、原告の喉頭気管狭窄症を疑つて耳鼻咽喉科の専門医の援助を求めたり、同医師に原告を受診させる等の措置をとらず、右注意義務を怠つた。

(三) 原告の喉頭気管狭窄症は、被告小野の前記(一)の注意義務違反行為又は被告病院の医師の前記(二)の注意義務違反行為によつて、生じたものである。

したがつて、被告小野は民法七〇九条により、被告社団は同法四一五条、七一五条又は四四条により、原告に対し、その被つた損害を賠償する義務がある。

5  (損害)〈以下、省略〉

理由

一請求の原因1の事実(診療契約の締結)は当事者間に争いがない。

二請求の原因2の事実(診療経過)につき検討する。

請求の原因2(一)の事実、同(四)のうち、原告が、手術の翌日である昭和五二年七月二日に被告病院の医師により、第一回目の気管切開術を受けたこと、同(六)のうち、被告病院の医師が、同年八月三〇日ころに東芝林間病院宛の紹介状を書いたこと、原告が同日同病院に赴くに際し、被告病院の者が付き添わなかつたこと、原告が、東芝林間病院での受診を拒否されたこと、その後、被告病院の医師が、あらためて紹介状を書かなかつたこと、同(七)のうち、原告が同年九月二日に被告病院の医師により第二回目の気管切開術を受けたこと、右手術後には声が出なくなつたこと、同(八)のうち、被告病院の医師が、同月一五日に北里大学病院宛の紹介状を書いたこと、そこで、原告が、同月一六日に北里大学病院の耳鼻科で受診したが、そのときには既に声門下腔に瘢痕組織と肉芽とが充満して管腔が全くない状態で、喉頭気管狭窄症と診断されたことは当事者間に争いがない。

右事実に加えて、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和三〇年ころに胃潰瘍及び虫垂の手術、同四〇年ころに胃及び腸の癒着の手術を受けたことがあつたところ、同手術前は体重が五八キログラム位あつたが、同手術後は食欲が減退するなどしたこともあつて、体重も少しずつ減少し、同五二年ごろには四五キログラム位となり、余り力仕事にも耐えられないような状態であつた。原告は、同五二年五月六日、半年前から背部痛、胸の圧迫感及び吐気がある等の主訴により被告病院外来で受診したが、同月九日午前零時一〇分、腹痛強度で背部痛もあつて、同病院に緊急入院し、診察及び検査の結果、胃潰瘍、胆石症及び腸管癒着があると診断され、これらの治療のため、胃潰瘍に対しては胃切除術、胆石症に対しては胆嚢剔出術と総胆管切開術ドレナージ、腸管癒着に対しては小腸固定術、空腸瘻造設術の手術を受けることとなつた。

2  原告は、昭和五二年七月一日、三宅医師執刀担当、被告小野麻酔担当及び牧医師麻酔監督担当の陣容で右手術を受けることとなり、同日午前八時三〇分に麻酔前投薬を受け、同九時にアボット(胃内容物吸引等のため胃に挿入される塩化ビニール製チューブ)の挿入を終え、同九時一〇分に手術室に搬入された。

被告小野は、胃液等胃内容物の逆流による気道閉塞を避けるため、まず、原告に対し、アボットによる胃液等胃内容物の吸引を試行したが、アボットが折れ曲がつていたためか吸引がうまくできなかつたので、アボットを一旦引き抜き再度新たなアボットを挿入して吸引を実行し、同九時三五分にエラスター(静脈確保及び薬剤投与等の目的のための静脈穿刺針)を装着し、同九時四五分にマスクにより酸素吸入を施すとともに、イソゾール(静脈麻酔剤)を経静脈的に投与して、導入麻酔を行い、睫毛反射の消失及び氏名の点呼によつて原告の入眠を確認したうえで、サクシン(筋弛緩剤)を経静脈的に投与し、同九時五〇分にマッキントッシユ喉頭鏡を用いて声門を確認しながらキシロカインゼリー(気管内挿管を潤滑にするとともに気管支痙攣を防止するための薬剤)を塗つたチューブを、カフ(チューブと気道壁との間隙を埋めるためにチューブに付いている風袋)が声門を越えるところまで気管内に挿入し、カフに空気を入れて、チューブ挿入を円滑に終え、笑気、酸素及びフローセンの混合気体を用いた気管内挿管による全身麻酔を開始した。

三宅医師は、同一〇時に執刀を開始し、胃潰瘍治療のために、胃切除、胆石治療のために、胆嚢剔出、総胆管切開及びドレナージ(Tチューブ設置。後にTチューブ抜去を必要とする。)、腸管癒着治療のために、腸管癒着剥離、小腸部分切除、空腸瘻造設(後に空腸瘻閉鎖術を必要とする。)の各手術を施行し、同日午後二時三〇分にこれを終えた。

被告小野は、術後の気道確保の目的から、同三時にチューブ挿入のまま原告を集中治療室に帰室させ、同五時一〇分にチューブを抜去した。

3  原告は、同日午後一〇時に喘鳴があり、その翌日である同月二日午前三時には嗄声がみられ、同七時には呼吸困難を訴え、同九時三〇分には喘鳴があるほか呼吸浅表となり、開腹部の創痛もあつて喀痰が困難であつたうえ、同時刻に撮影された胸部レントゲン写真によつて右肺尖部に無気肺が認められたので、被告病院の医師の指示により、同一〇時にボスミン及びプレドニンを用いたネブライザー療法(噴霧療法)等を受けたが、同日午後三時に撮影された胸部レントゲン写真によつても右無気肺の消失していないことが認められる等必ずしも十分な改善が見られなかつた。

そこで、被告病院の医師は、原告の嗄声、呼吸困難、喘鳴及び喀痰困難の症状の原因が、気管内挿管による全身麻酔後によく見られる声門(喉頭)浮腫にあるものと判断し、右症状の改善及び無気肺が増悪して肺炎を併発するのを防止するため、同時刻に気管切開術を施行し、気管カニューレ(以下「カニューレ」という。)を装着した。

4  原告は、気管切開術後から同月六日までの間、抗生剤投与、カニューレ交換及び気管内吸引等の治療を受け、同日、カニューレが抜去されて、気管切開孔も閉じられたが、前記症状の著明な改善が見られ、以後同年八月四日までの間、ネブライザー療法(同年七月六日から同月一七日、同年八月二、三日)等を受け、同症状の再発することもなく極めて順調な経過をたどり(但し、嗄声、喘鳴、喀痰困難及び呼吸困難を伴わない単なる咽頭痛が、同年七月一六、一七日に見られた。)同年八月上旬には外泊もできる状態になつた。

5  原告は、外泊をはさんだ同年八月五日から同月一〇日にかけて、嗄声、喘鳴、喀痰困難及び呼吸困難を伴わない単なる咽頭痛を訴えて、被告病院からトローチ錠の交付及び咽頭部のルゴール塗布を受けた。牧医師は、同月一〇日に原告を回診した際、扁桃腺炎による咽頭痛があると判断し、以後しばらくの間点滴液に抗生剤を添加することを指示した。

原告は、同月一一日午後六時三〇分に突然悪寒を覚え、体温も39.2度に上昇し、ウイールス感染による上気道炎が疑われたので、三宅医師の指示により解熱剤の筋肉注射を受け、これにより、同一〇時には解熱し、以後同月一五日までの間、同月一二日に咽頭痛が見られたほか、極めて順調な経過をたどつた。

6  原告は、同月一六日午後六時四〇分に咽頭痛を訴え、同月一七日に咽頭痛、同月一八日に喘鳴、咽頭痛、同月一九日に喘鳴、咽頭痛、同月二〇日に喘鳴、同月二一日に喀痰困難、呼吸困難、喘鳴、咽頭痛、同月二二日に呼吸困難、喘鳴、咽頭痛、同月二三日に喘鳴、同月二四日に喘鳴、同月二五日に喘鳴、咽頭痛、同月二六日に喀痰困難、喘鳴、同月二七日に喘鳴、同月二八日に喘鳴、呼吸困難、喀痰困難、咽頭痛、同月二九日に咽頭痛、喘鳴が見られ、これに対して被告病院の医師は、右各症状に応じて、ネブライザー療法(同月一八日以後連日)、ルゴール塗布、プレドニン、ネオフィリン又は鎮静剤の投与等の治療を施し、これにより、右各症状の軽減も見られたが、全経過を後顧的にみれば一進一退の状態であつた。

なお、この間、牧医師は、同月一九日に回診した際、気管切開術後の気道狭窄が原因とも思われると判断してネブライザー療法の継続を指示し、被告病院の小山医師は、同月二九日に回診した際、せきこみが強度であるし肝障害も認められるので、肺炎に注意する必要があると判断し、かつて無気肺の認められた右肺尖部に留意して胸部レントゲン写真の撮影、抗生剤及びネオフィリンの投与、喀痰培養(その結果は、保健科学研究所によりグラム陰性杆菌が培養検出された旨の同年九月一日付け報告書が作成されて、被告病院に報告されている。)を指示した。

7  原告は、同年八月三〇日、被告病院の医師から東芝林間病院耳鼻咽喉科宛の紹介状を書いてもらつたうえ、被告病院の者の付き添いなしで東芝林間病院に赴いたが、喘鳴がひどかつたためか、あるいは空腸瘻造設状態のままであつたためかその理由は定かではないが、同病院の医師から受診を拒否された。

原告は、同日に喘鳴、咽頭痛、同月三一日に喘鳴、咽頭痛が見られ、同年九月一日午前一〇時から同月二日午後四時二〇分にかけて喘鳴、咽頭痛、胸内苦悶、喀痰困難、嚥下困難が見られ、呼吸困難が増悪したので、被告小野及び牧医師は、同日午後五時四五分に第二回目の気管切開術を施行し、カニューレを装着した。その際、牧医師は、原告の気管切開孔及びその下方については異常を認めず、気管切開孔の上方、即ち声門下腔についてはこれを確認してはいないが、右症状に加えて気管切開孔をふさいでも発声ができなかつたこと等から、喉頭炎による喉頭浮腫から声門下腔の狭窄を生じていると思われるが、器質的変化はないものと判断し、第一回目の気管切開術施行後には順調な経過をたどつていたことも考慮し、抗生剤を投与して一週間ないし一〇日位様子を見ることとした。

8  牧医師は、右気管切開術以後、原告に抗生剤投与、カニューレ交換及び気管内吸引等の治療を施して経過観察をしたが、カニューレを除去して声門を通しての通常の呼吸をさせようとすると呼吸困難が見られ、この状態の改善する様子が見られなかつたので、被告病院の担当医師全員の判断に基づき、同月一五日に北里大学病院宛の紹介状を書き、そこで、原告は、同月一六日及び二〇日に北里大学病院の耳鼻科で受診し検査を受けたが、そのときには既に気管切開孔上方の声門下腔に瘢痕組織と肉芽とが充満して管腔が全くない状態で、喉頭気管狭窄症と診断された。

9  被告病院の医師は、同月二六日に空腸瘻閉鎖術を施行して原告の手術を完了し、約一か月の術後療養期間を経て、同年一〇月二九日に原告の退院を許可した。原告は、前記手術により、胃を三分の二位切除されたほか、胆嚢も剔出されたので、毎回の食事の量も減つたうえ、脂肪分を摂取することができないので、体重も減少し、体力も極めて減退した。

なお、原告本人(第一回)の供述中には、被告小野が気管内挿管による全身麻酔のためのチューブ挿入に際してチューブで原告の喉頭部等を強く擦過して喉頭部、声帯又は気管に機械的損傷を与えた旨の供述部分があるが、右供述部分は、前掲各証拠に照らして、これをにわかに措信しがたい。即ち、右供述部分の要旨は、「昭和五二年七月一日午前九時ころ手術室に入室し、腕に注射を打たれ、意識が少しぼうつとしてきたときに、被告小野から数を数えるようにいわれて、二まで数えたが、口が動かせなくなつて声が出せないでいると、被告小野から、額や腹をピンセットでつままれたり目の縁をつつかれたりした後、口を開けろといわれて、口を少し開けたところ、同被告から中央に穴の空いたプラスチックの丸い小判型様の物を口に押し込まれ、その穴から長さ約四、五十センチメートルの細いチューブを口の中に入れられて何回か喉の上の部分をつつかれたので、痛くて顔を振つたら、顔を押さえつけられて更にチューブを口の中に入れられたものの、結局、入らなかつたため、同被告からゼリー状の物を塗つた別のチューブを挿入され、その後、黒いマスクを顔にかぶせられて、意識がなくなつた。」というものである。

しかしながら、〈証拠〉によれば、被告病院における気管内挿管による全身麻酔のためのチューブ挿入の手順は、手術室入室前に予め筋肉注射による麻酔前投薬をしておき、入室後にマスクにより酸素吸入を施すとともに、静脈麻酔剤を経静脈的に投与して、導入麻酔を行い、睫毛反射の消失及び氏名の点呼によつて患者の入眠を確認したうえで、筋弛緩剤を経静脈的に投与し、その後に、チューブ挿入を行うこととしており、意識を喪失した緊急患者以外の場合においてはマスクによる酸素吸入とほぼ同時に行う静脈麻酔剤の投与によつて患者が入眠する前には、患者の苦痛を伴うチューブ挿入を行わないこととしていること、静脈麻酔剤による入眠は殆ど確実なこと、チューブ挿入に際して患者に口を開けるように指示することはないこと、そして、原告に対する気管内挿管による全身麻酔のためのチューブ挿入も右手順に従つて施行されたことが認められるから、原告の右供述部分は、前記2認定の被告小野によるアボットの再挿入(この時点は麻酔前投薬後、静脈麻酔剤投与前であるから、患者には麻酔前投薬により若干朦朧としているとはいえ意識がある。)をチューブ挿入と誤解しているものと認めるのが相当であつて、これを措信することはできない。

三そこで、請求の原因3の事実(原告の喉頭気管狭窄症の発症原因)について検討する。

1  原告は、原告の喉頭気管狭窄症が、被告小野がチューブ挿入の際、チューブで原告の喉頭部等を強く擦過して、喉頭部、声帯又は気管に機械的損傷を与えたことによつて、同部分に感染症を発症させ、これにより生じたものであり、なお、同部分に感染症のあつたことは、チューブ挿入以後に原告の発熱があること及び昭和五二年九月一日の原告の痰についての細菌検査の結果グラム陰性杆菌が検出されていることから明らかである旨主張する。

しかしながら、被告小野がチューブ挿入の際、チューブで原告の喉頭部等を強く擦過して、喉頭部、声帯又は気管に機械的損傷を与えた旨の原告本人の供述部分は、前記二説示のとおり措信しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

また、〈証拠〉によれば、原告は、チューブ挿入以後同年八月一〇日までの間に、三十七、八度前後の発熱があつたことが認められ、保健科学研究所による同年九月一日付け報告書には原告の痰についての細菌検査の結果グラム陰性杆菌が検出されている旨記載されていることは、前記二6認定のとおりであるが、被告小野邦良本人及び被告社団理事牧邁の各尋問の結果によれば、原告の受けたような手術の場合においては、その手術による切創縫合部の存在それ自体からも、通常、術後に右程度の発熱が見られるものであるところ、更に、空腸瘻が造設されたり、Tチューブが設置されていること等からすれば、右の程度の発熱をもつて喉頭気管の感染症の存在を推定することはできず、また、グラム陰性杆菌には大腸菌をはじめとする多様な菌種があつて、グラム陰性杆菌が喀痰培養の結果検出されたからといつて喉頭気管の重大な感染症があるとは断定し得ないことが認められる。

更に、鑑定及び鑑定人尋問の結果によれば、喉頭気管狭窄症は、気管切開術の合併症として、耳鼻咽喉科の成書にも記載されていて比較的よく知られているものであり、気管切開孔を比較的長期間開存させた場合(通常は一週間位で、カニューレを除去する。)及び複数回にわたり気管切開術を施行した場合等においてよく見られるものであつて、一般的には気管切開孔の近くから上方に肉芽が増殖する症例が多いが、その発症機序は不明であること、喘鳴、嗄声、喀痰困難及び声門(喉頭)浮腫は、気管内挿管による全身麻酔によく見られる回避不可能な合併症であり、気管内挿管による声門の物理的圧迫又は麻酔剤による喉頭気管の粘膜の化学的刺激等により発生するものであること、無気肺は、気管内挿管による全身麻酔に比較的おこりやすい合併症であり、末端気管支が痰等により閉塞されることによつて生ずるものであることが認められる。

以上の事実及び前記二認定の診療経過に照らすと、喉頭気管狭窄症の発症機序は医学的にも不明であるところ、原告の喉頭気管狭窄症の発症の原因が、被告病院の医師により施行された同年七月一日の気管内挿管による全身麻酔及びこの麻酔方法による同日の手術並びに同月二日の第一回目の気管切開術にあると仮定すると、右手術後右気管切開術以前に見られた嗄声、呼吸困難、喘鳴及び喀痰困難が、右気管切開術施行により装着されたカニューレが抜去されて気管切開孔が閉じられた同月六日以後にその著明な改善が見られ、同年八月四日までの間同症状の再発することもなく極めて順調な経過をたどり、同年八月上旬には外泊もできる状態になつた診療経過とも背馳することになり、むしろ、右気管切開術以前に見られた右嗄声等の症状は、同時に見られた無気肺が気管内挿管による全身麻酔に比較的おこりやすい合併症であるのと同様に、気管内挿管による全身麻酔によく見られる回避不可能な合併症として、気管内挿管による声門の物理的圧迫又は麻酔剤による喉頭気管の粘膜の化学的刺激等により発生したもので、被告病院のネブライザー療法等により、同月上旬には一応の寛解を見たものと認めるのが相当である。また、原告の喉頭気管狭窄症の発症の原因が、同年八月一一日に見られたウイールス感染による上気道炎と疑われる症状及び同月一六日以後の症状にあると仮定すると、気管切開孔上方の声門下腔にのみ瘢痕組織と肉芽とが充満しており、同部分と粘膜が連続的につながつている気管切開孔及びその下方については異常のないことを合理的に説明することが困難である。これに対して、原告の喉頭気管狭窄症の発症の原因が、同年九月二日の第二回目の気管切開術にあると仮定すると、喉頭気管狭窄症に関する前記知見(喉頭気管狭窄症は、気管切開術の合併症として、気管切開孔を比較的長期間開存させた場合及び複数回にわたり気管切開術を施行した場合等においてよく見られるもので、一般的には気管切開孔の近くから上方に肉芽が増殖する症例が多い。)とも合致し、原告の気管切開孔上方の声門下腔にのみ瘢痕組織と肉芽とが充満していることを合理的に説明することができる。

以上のとおりであるから、原告の喉頭気管狭窄症は、昭和五二年九月二日に施行された第二回目の気管切開術の避け難い合併症として生じたものと推認するのが相当である。

2  なお、〈証拠〉によれば、北里大学病院の耳鼻科の医師は、昭和五二年九月二〇日、原告の喉頭気管狭窄症の原因を「気管内挿管による感染→偽膜性気管炎→呼吸困難出現→偽膜片を喀出(気管粘膜上皮の剥奪を生ず)→剥奪面より炎症性肉芽発生により狭窄が生じた。」旨推察し、その旨の同日付け被告病院宛の報告書を作成していることが認められる。

しかしながら、〈証拠〉によれば、北里大学病院の医師は、前記報告書以後に作成した多数の診断書には、発症原因の記載をしておらず、同健康保険傷病手当金請求書には、発症原因を不詳と記載しており、同診療録等にも、前記報告書を除いては、発症原因の記載のないことが認められるから、同報告書が、北里大学病院の最終的かつ確定的判断とまでは認めることが困難であるところ、〈証拠〉によれば、北里大学病院の医師は、被告病院の医師が昭和五二年九月一五日付けで作成した紹介状に記載された簡単な経過報告並びに同月一六日及び同月二〇日に行つた原告に対する診察及び検査から、前記報告書を作成したものと認められるが、北里大学病院の医師が、被告病院の医師からその施行した気管内挿管による全身麻酔のためのチューブ挿入の経過を聴取したり、被告病院作成の診療録及び看護記録等を取り寄せてこれを詳細に検討したことは、これを認めるに足りる証拠がないので、同報告書中に記載された北里大学病院の医師による原告の喉頭気管狭窄症の発症原因の推察は、十分な資料に基づく判断ということはできない。

そのうえ、北里大学病院の医師は、同報告書において、まず第一に、気管内挿管による感染があつたと推察しているが、右推察が相当でないことは、前記1で説示のとおりである。また、「偽膜性気管炎→呼吸困難出現→偽膜片を喀出(気管粘膜上皮の剥奪を生ず)→剥奪面より炎症性肉芽発生により狭窄が生じた。」旨の推察については、その症状が発生した時期(前記二認定のとおり、呼吸困難については、昭和五二年七月二日と同年八月一六日以後の一連の経過におけるそれとの二回に見られる。)及びその症状が発生したと認める根拠に関して何らの記載もないうえ、鑑定の結果によれば、右推察を裏付ける資料のないことが認められる。

そうすると、原告の喉頭気管狭窄症の発症原因についての同報告書の記載は、これをにわかに措信することができない。

3  したがつて、原告の喉頭気管狭窄症は、昭和五二年九月二日に施行された第二回目の気管切開術の避け難い合併症として生じたものであるといわざるを得ない。

四すすんで、請求の原因4(責任原因)について検討する。

1  原告は、医師が気管内挿管による全身麻酔のためにチューブ挿入をしようとするときは、①チューブで患者の喉頭部等を強く擦過しないようにし、②患者の動静特に表情及び手腕の動きに注視して、異常を発見すれば直ちにチューブ挿入を中止し、かつ、③患者が異常を訴えるための方法をとるべき注意義務があるところ、被告小野は、チューブ挿入の際、チューブで原告の喉頭部等を強く擦過して、喉頭部、声帯又は気管に機械的損傷を与え、原告が苦痛の表情を表しているのを無視し、かつ、原告の手を抑えて原告が苦痛を訴えることを不可能にして、右注意義務を怠つた旨主張する。

しかしながら、右注意義務違反行為があつた旨の原告本人(第一回)の供述部分は、前記二説示のとおり、これを措信することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

なお、右注意義務②③については、前記二認定のとおり、被告小野が原告に対して行つた気管内挿管による全身麻酔のためのチューブ挿入の手順は、手術室入室後に静脈麻酔剤を経静脈的に投与して、導入麻酔を行い、睫毛反射の消失及び氏名の点呼によつて原告の入眠を確認したうえで、筋弛緩剤を経静脈的に投与し、その後に、チューブ挿入を行つたのであるから、原告に意識があることを前提とする右注意義務②③そのものを肯認することができない。

2  原告は、医師が患者につき自己の専門外の疾患を疑うべき所見を得たときは、自己の所属する病院又は大学病院等で当該疾患を専門とする医師の援助を受け、又は同医師に患者を受診させて、患者の当該疾患を治療する措置を講ずるべき注意義務があるところ、被告病院の医師はいずれも耳鼻咽喉科を専門としておらず、かつ、同病院には耳鼻咽喉科が併設されていなかつたのであるから、同病院の医師は、①手術の翌日である昭和五二年七月二日、原告が咽頭痛を訴えたとき、②同月五、六日ころから、更に原告の咽頭痛が強くなつたとき、③同年八月三〇日ころ、原告が東芝林間病院での受診を拒否されたとき、④同年九月二日、原告の咽頭痛がますます激しくなつたとき、⑤同日、原告が第二回目の気管切開術後に声が出なくなつてしまつたときのいずれかの段階において、原告の喉頭気管狭窄症を疑つて耳鼻咽喉科の専門医の援助を求めたり、同医師に原告を受診させる等の措置をとるべきであるにもかかわらず、この措置をとらず、右注意義務を怠つた旨主張する。

しかしながら、原告主張の右一般的な注意義務をそのまま肯認するに足りる証拠はない。

むしろ、被告小野邦良本人及び被告社団理事牧邁の各尋問の結果並びに鑑定人尋問の結果を総合すれば、医師が患者につき自己の専門外の疾患を疑うべき所見を得たときといえども、患者の診療目的となつている主たる疾患の診療経過、患者の全身状態及び臨床症状並びに疑われる疾患の原因、性質及び治療方法等諸般の事情を斟酌して、疑われる疾患につき当該疾患を専門とする他の医師(以下、医療制度上の呼称である標榜医及び専門医を含めた意味で、これを便宜「専門医」という。)の診療に委ねるほかない場合は格別、然らざる場合においては疑われる疾患につき通常の診療をして経過観察を行い、これによりなお疑われる疾患につき改善の見られないときには、自己の所属する病院又は大学病院等の専門医の援助を受け、又は専門医に患者を受診させる等して、患者の当該疑われる疾患を治療する措置を講ずるべき注意義務(以下「本件注意義務」という。)があるものと認めるのが相当である。

これを本件についてみると、被告病院の医師はいずれも耳鼻咽喉科を専門としておらず、かつ、同病院には耳鼻咽喉科が併設されていなかつたことは当事者間に争いがないので、以下、原告の主張時期に沿いながら、本件注意義務及びその違反行為の有無につき具体的に検討する。

(一)  原告は、開腹手術の翌日である昭和五二年七月二日に原告が咽頭痛を訴えたとき、本件注意義務があつた旨主張する。

確かに、原告には、開腹手術当日である同月一日午後一〇時からその翌日である同月二日午後三時にかけて、喘鳴、嗄声、呼吸困難、呼吸浅表、喀痰困難が見られ、胸部レントゲン写真によつて右肺尖部の無気肺も認められ、ネブライザー療法等を受けたが、必ずしも十分な改善が見られなかつたことは、前記二3認定のとおりである。

しかしながら、これらの症状が、気管内挿管による全身麻酔によく見られる回避不可能な又は比較的おこりやすい合併症であり、気管内挿管による声門の物理的圧迫もしくは麻酔剤による喉頭気管の粘膜の化学的刺激等又は末端気管支が痰等により閉塞されることにより発生するものであることは、前記三認定のとおりである。

そして、被告病院の医師は、原告の嗄声、呼吸困難、喘鳴及び喀痰困難の症状の原因が、気管内挿管による全身麻酔後によく見られる声門(喉頭)浮腫にあるものと判断し、右症状の改善及び無気肺が増悪して肺炎を併発するのを防止するため、同日午後三時に第一回目の気管切開術を施行し、カニューレを装着し、以後同月六日までの間、抗生剤投与、カニューレ交換及び気管内吸引等の治療を施したことは、前記二3、4認定のとおりであるところ、鑑定及び鑑定人尋問の結果によれば、被告病院の医師の右判断及び措置は、適切であり、声門(喉頭)浮腫から肉芽(ひいては瘢痕組織)を伴う喉頭気管狭窄症に発展することが一般的にはありえないので、原告に見られた症状から直ちに喉頭気管狭窄症を疑つて耳鼻咽喉科の専門医の判断及び措置を求める必要はなかつたことが認められる。

そうすると、原告主張の右時点では、本件注意義務を怠つた行為があつたとはいえない。

(二)  原告は、昭和五二年七月五、六日ころから更に原告の咽頭痛が強くなつたとき、本件注意義務があつた旨主張する。

しかしながら、右主張のころ原告の咽頭痛が強くなつた旨の原告本人の供述部分(第一回原告本人尋問調書、一六、一七丁)は、前記二掲記の各証拠とりわけ前掲甲第四号証の一一一ないし一一三に照らして、これを措信することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

かえつて、原告は、同月六日にカニューレが抜去されて、気管切開孔も閉じられたが、前記(一)の説示のとおり症状の著明な改善が見られ、以後同年八月四日までの間、ネブライザー療法等を受け、同症状の再発することもなく極めて順調な経過をたどり同月上旬には外泊もできる状態になつたことは、前記二4認定のとおりである。

そうすると、原告主張の右時点では、本件注意義務を怠つたものということはできない。

(三)  原告は、昭和五二年八月三〇日ころに原告が東芝林間病院での受診を拒否されたとき、同年九月二日に原告の咽頭痛がますます激しくなつたとき、又は、同日に原告が第二回目の気管切開術を受けて声が出なくなつてしまつたときのいずれかの時点で本件注意義務があつた旨主張する。

確かに、原告には、同年八月五日から同月一〇日にかけて、榎声、喘鳴、喀痰困難及び呼吸困難を伴わない単なる咽頭痛が見られ、同月一一日にウイールス感染による上気道炎が疑われたこと、同月一五日までの間は、被告病院の治療を受けて極めて順調な経過をたどつたが、同月一六日から同月二九日にかけて、咽頭痛、喘鳴、喀痰困難及び呼吸困難が見られ、ネブライザー療法、ルゴール塗布、プレドニン、ネオフィリン又は鎮静剤の投与等の治療を受けて、これにより、右各症状の軽減も見られたが、全経過を後顧的にみれば一進一退の状態であつたこと、同月三〇日に東芝林間病院耳鼻咽喉科で受診しようとしたが、同病院の医師からこれを拒否されたこと、同日に喘鳴、咽頭痛、同月三一日に喘鳴、咽頭痛が見られ、同年九月一日午前一〇時から同月二日午後四時二〇分にかけて喘鳴、咽頭痛、胸内苦悶、喀痰困難、嚥下困難が見られ、呼吸困難が増悪したので、同日午後五時四五分に第二回目の気管切開術を受けてカニューレを装着したことは前記二5ないし7認定のとおりである。

以上のとおり、原告の同年八月一六日以後に再発した一連の咽頭痛等の症状がネブライザー療法等による治療により軽減の様子を見せながらも全経過を後顧的にみれば一進一退の状態であつたことのみに限局して考察すると、被告病院の医師において、同月三〇日ころないし同年九月二日ころにかけて、原告を耳鼻咽喉科の専門医に受診させる等してその判断及び措置を求めるのが望ましい時期にきていたともいい得る。

しかし、前記二認定の事実に加えて、〈証拠〉及び鑑定の結果によれば、牧医師は、当時、原告が未だ空腸瘻の造設されたままでその閉鎖術を完了していないのみならず、点滴を継続するなど全身状態についての全般的管理の必要な状態であつたうえ、原告の咽頭痛等の症状が、同年八月一一日に見られたウイールス感染による上気道炎と関連する疑いもある声門(喉頭)浮腫に起因するものとも推察されたので、同月三〇日に東芝林聞病院耳鼻咽喉科宛の紹介状を書いて原告を同病院で受診させようとしたものの同病院の医師からこれを拒否されたことも考慮し、なお、被告病院において従来の経過も踏まえたうえでのできる限りの治療を継続してしばらく経過観察をしたうえで北里大学病院にでも受診させようとしたこと、そして、同年九月二日には原告の呼吸困難の増悪が見られたので、被告病院の医師は、同日、原告に第二回目の気管切開術を施行したが、その際、牧医師は、原告の気管切開孔及びその下方については異常を認めず、気管切開孔の上方、即ち声門下腔についてはこれを確認してはいないが、これまでの症状に加えて気管切開孔をふさいでも発声ができなかつたこと等から、喉頭炎による喉頭浮腫から声門下腔の狭窄を生じていると思われるが、器質的変化はないであろうと判断し、第一回目の気管切開術施行後には順調な経過をたどつていることをも考慮して、抗生剤を投与して一週間ないし一〇日位様子を見ることとしたこと、右経過観察期間が長過ぎるともいい難いこと、しかるに、右期間を経過するもカニューレを抜去して声門を通しての通常の呼吸をさせようとすると呼吸困難が見られ、この状態の改善する様子が見られなかつたので、原告の胃切除等の手術による全身状態の回復の状態をも考慮したうえ、被告病院の担当医師全員の判断に基づき、同月一五日に北里大学病院宛の紹介状を書いたこと、同病院においても、原告の前記胃切除等の手術による全身状態の十分な改善を待ち、同五三年五月一九日以降になつて漸く原告の喉頭気管狭窄症についての治療を始めたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告の診療目的となつている主たる疾患の診療経過、原告の全身状態及び臨床症状並びに疑われる疾患の原因、性質及び治療方法等諸般の事情を斟酌すれば、被告病院の医師において、同年八月三〇日ころないし同年九月二日ころにかけて、原告を耳鼻咽喉科の専門医に受診させる等してその判断及び措置を求めなければならない時期であつたとまでは断定することができず、かえつて、通常医師として期待される医療措置を講じていたものといわざるを得ない。

そうすると、原告主張の右時点では、本件注意義務を怠つた行為があつたとまではいうことができない。

五以上のとおりであるから、原告の喉頭気管狭窄症は、被告小野又は被告病院の医師の注意義務を怠つた行為によつて生じたものとまでは認めることができない。

そうすると、原告の右疾患は、被告社団の「責に帰すべき事由に因つて生じた。」ものであるとまではいうことができないし、また、被告小野又は被告病院の医師の「故意又は過失に因つて生じた。」ものであるともいうことはできない。

六よつて、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官古館清吾 裁判官橋本昇二 裁判官足立謙三は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官古館清吾)

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